10年...(1)
2011年夏、倫子は院長室に呼び出されていた
「主任?!」
倫子は驚きの声を上げた
「そうです、あなたに是非やっていただきたい」院長が人事配置の資料を見ながら、そう言った
「でも、主任だなんて...」倫子は戸惑う
「あなたの人望の高さを私は買っているんです。主任は単に仕事が出来るだけじゃダメだと考えていてね。あなたには後輩の指導やフォローも出来る能力がある」
「ありがとうございます...」倫子は戸惑いつつも認められた嬉しさでいっぱいになる
「聞きましたよ~主任に昇格だって?よっ!主任!」神崎がナースステーションで倫子を祝福する
「まだ主任じゃないですよ~来年から」倫子はそう言って神崎をたしなめる
「こんにちわ~、夫がいつもお世話になってます!」
その時、ハスキーな声が後ろからして振り向くと小夜子が立っている
「二関さん..じゃなかった神崎さん!どうですか?体調の方?」倫子が小夜子の大きなお腹を見て気遣う
「順調よ!もう妊娠生活も三回目になるから慣れたっていうのもあるかな。ほら、あなた達、ちゃんと挨拶しなさい!」
小夜子はそう言って,傍らにいる二人の男児と一人の女児に挨拶を促す
「こんにちは、父がいつもお世話になってます」三人は可愛らしくそう言って頭を下げる
「廉くんと葵ちゃん、それに祐くん!大きくなったわね~」倫子がしゃがんで三人の頭を撫でる
「廉と葵は陽介くんの一学年下、祐は今年幼稚園に入ったの。双子産んで、まさか下に二人も授かるとはね...毎日子供たちに振り回されっぱなし。でも子育ては楽しいし、この子たちの笑顔を見るたびに産まれてきてくれてありがとうって気持ちになるの」小夜子は愛おしげに三人を見ながら言う
「小夜子さんが4人のお子さんのママだなんて、出逢った頃は想像もつかなかったな」倫子が10年前を懐柔しながら言う
「私も、まさか自分が4人授かっているなんて想像も出来なかった。そもそも家庭を作りたいとも思わなかったし、作れるとも思わなかった。だから結婚願望なんてなかった。」小夜子も愛おしげにお腹をさすりながら言う
「それもこれも、この俺のおかげだろ~」神崎が二人の会話に入り込む
「また、調子に乗って~そうそう、部屋の電気つけっぱなしだったわよ。それと、葵だってもう小学校2年なんだから変なビデオ見て置きっぱなしにしてるんじゃないわよ」小夜子は神崎をそう言って冷たくあしらうが、照れ隠しなのが伝わってくる
「そうそう小夜子さん、この経済雑誌に載っていましたよ、女性が飛躍する企業の優秀な研究職社員としてインタビュー受けてましたよね。こないだフロンティア製薬の人が来ていたけど、小夜子さんは初の女性執行役員就任もありえるんじゃないかとか言ってましたよ」倫子が経済雑誌を指し示しながら言う
「嫌だなぁ...私は現場にいるつもりよ」小夜子が髪を掻き上げながら照れくさそうに言う
「そうそう、だから僕は小夜子を支えるために来年から一旦家庭に入ることにしたんだよ」
「えっ?!」倫子が驚く
「子供が大きくなるまで僕は仕事する小夜子に変わって育児と家事やるために行田病院退職します。はっきり言ってしまえば主夫になるつもり」神崎が頭を掻きながら言う
「私が子育てが大変だから、退職しようか悩んでいることを相談したら、それなら僕が家庭に入るって言ってくれて...」小夜子が苦笑いしながら言う
「確かに、今だと育休産休取る男性とか主夫やる男性出てきてますもんね。昔は聞いたことなかったけど...でも神崎先生なら家事とか育児楽しんでそう!頑張ってくださいね」倫子が神崎の決断に驚きながらもエールを送る
「でも、変なビデオを見る時間も増えそうなのが不安なのよ~近くにレンタルビデオ店あるし」小夜子はそう言って神崎をじろりとにらむ
「主夫になったからには、ちゃんとわきまえるよ~」神崎がそう言って弁解した
「変なビデオ見てないか葵に確認するわよ!」小夜子がそう言って神崎の肩をたたく
「ママ~こないだパパの部屋に水着着たお姉さんの雑誌があった~」葵がにやにやしてつぶやく
「あなたっ!!」小夜子が怒って手を上げる真似をする
「ひぃ~怒るなよ~あっ、今夜はみんなで食事にでも行くか!!この近くに美味しいレストランあるんだよ」神崎はごまかすように小夜子のご機嫌を取る
「全く、あんたって人は...」小夜子は呆れる
「あははは...」それを見ていた倫子が笑った