空想ブログ  蒼い空の下で

主にドラマ「白い影」のサイドストーリーです

あれから1年(3)

3月18日

今日は先生が亡くなって一年になる

倫子は支笏湖には来年行くことにした。

まだ少し気持ちの整理がつかないからだ

1年経過して以前のような明るさを取り戻してきた倫子だったが、亡くなった場所に行く勇気はなかった

 

それは遺された家族全員同じだった。それぞれが以前と変わらない生活に戻っているが、みんな悲しみを完全に乗り越えるにはまだ時間が必要だった

 

この日は家で静かに過ごすことにした。

 

昼食を食べ終わって後片付けが済んだ頃、電話が鳴った

 

「もしもし、直江です」泰子はしまおうとした調味料をテーブルに置きながら受話器を取る

「中野です」受話器の向こうから若い男性が鷹揚に答える

「中野さん!おはようございます。昨日はあんなに豪華なものをくださって...ありがとうございます...今日来て下さるとおっしゃってましたよね。わざわざすみませんね..あの子も喜んでいますよ...」泰子は電話口で恐縮しながら中野にお礼を言う

「実は...急に申し訳ないのですが、実は私達夫婦以外にも今日お伺いして線香を供えたいものがいて...」

「そうなんですか...準備してお待ちしておりますよ。本当にありがとうございます...」泰子は涙ぐみながら答えた

 「倫子さん、庸介の高校の同級生の人達が来てくれるわ」泰子が棚から来客用のお菓子を準備しながら言う

「まぁ...私どうしましょう...」倫子は慌てる

「お葬式にも来てくれていたし、学生時代家に来たことあるけど、みんな良い人だから安心して。」泰子はそう言って倫子をなだめる

「ですよね。先生のお友達だもの」そう言われた倫子は落ち着いて、ベットで眠る陽介の頭を撫でた

 夕食を食べ終わった頃、玄関のインターフォンが鳴った

 「はーい」

一恵と泰子が玄関のドアを開けるとそこには若い男女5人が立っていた。

先頭には中野と妻の麻里子がいる

「みなさん、わざわざ来て下さって本当にありがとう..」一恵はそう言うと涙ぐむ

こちらこそ、急に人数増えるかたちになってすみません」中野はそう言うと律儀に頭を下げる

「さぁ、上がってください」泰子は5人を家へ促す

 

「もう一年になるんですね...」お参りをし終わった中野は直江の遺影を見ながらつぶやいた

「早いものですね」一恵と泰子もしみじみとつぶやく

 

「あちらの方はもしかして...」一行の若い男性が隅に控えめに立っている倫子に視線を向け、中野に尋ねる

「西岡、直江と交際していた志村倫子さん。」

「やっぱりそうですか...お久しぶりです。お葬式の時以来ですね」5人は倫子に頭を下げた。倫子も頭を下げる

「僕は西岡孝平と言います。直江とは野球部で一緒だったんです。あいつにはよく勉強教えてもらいましたよ。おかげで留年せずに済みましたし、大学の教育学部にも受かって、今は教師をやってます」西岡と呼ばれたその男性は頭をかきながら懐柔する

西岡は細いたれ目をした素朴な顔立ちだが人のよさそうな温かい雰囲気が漂う

「野球部で一緒だったんですね」倫子はそう言うと穏やかに笑みを浮かべる

「あいつは上手かったよ~。運動神経も良かったけど判断力も抜群で動きに無駄かなかった」西岡は頭を指さしながら得意気に語る

「俺が教師目指したのはね、あいつに言われた一言がきっかけだった。

高3の時、将来の夢で悩んで”俺にはとりえがない、何が得意で何が向いているのかわからない”とつぶやいたら、直江が”西岡は誰に対しても平等に接するし、おおらかだし、相手の目線に立って考えることも出来る、何より実は周りをすごく見ている。人を育てる仕事とか向いてそうだよな”と言われてさ。それがきっかけで教師目指したんですよ。」西岡は出されたコーヒーを飲みながら、答える

「あの子ったら、そんなアドバイスを...」外では寡黙な弟の意外な一面に泰子が驚き目を丸くする

「教師になって8年目になりますけど、大変だけどやりがいのある仕事だなと思っています。あの時アドバイスしてくれたからこの仕事やろうと考えられたんです」西岡はコーヒーに添えられたクッキーをかじりながら言う

「北山、お前も直江にかなりお世話になったよな~」西岡が隣に座る男性に話を振る

「そうなんですよ、あっ僕、北山真と言います。直江さんとは野球部の一年先輩後輩でした。僕は直江先輩に何度助けられたことか...理不尽な上級生がいて俺たち後輩が無茶なルールを強いられた時に、その上級生に毅然と抗議してくれたんです。みんなその上級生を恐れて何も言えなかったけど、直江先輩は理論整然とした抗議が出来たから、その先輩も大人しく折れましたよ。それとある時、ガールフレンドに振られて落ち込んで練習に身に入らなかったら、そういうことを部活にまで引きずって自分のやることをおろそかにするんじゃない、気持ちを切り替えろとカツを入れられましたよ。直江先輩の言うとおりですけどね」北山と呼ばれた小太りのその男性は照れながら答える

「先生らしいな」倫子はそう言って笑った

「でも、あんた、何回も振られて、その度に直江くんにカツを入れられるの繰り返しだったよね」北山の隣に座っていた女性がにやにや笑いながら突っ込みを入れる

「うるさいな~浜田こそ、男に二股かけられて捨てられてかなりへこんでいた時あったじゃん。それを見た直江が「あんな男と別れられて良かったと思ったほうが良い、まだ出逢いなんてたくさんある、浜田ならちゃんとした男と付き合えるんだから」とか言われて励まされてたじゃん。」

「そうだっけ~」浜田と呼ばれたその女性が上目づかいに舌を出す真似をしてとぼける

浜田はきりっとした顔立ちに、ボブヘア、グレーのパンツスーツを着こなしキャリアウーマンという風貌だ

「おいおい、とぼけやがって~でもその数週間後に練習試合で知り合った、隣町の高校の野球部と付き合いだして、直江先輩をはじめ野球部全員が呆れたという」北山が悪戯っ子のような笑みを浮かべながら明かす

「ちょっと~そこは言わない約束でしょ」浜田が北山につかみかかる

「ひゃ~ごめんなさいっ」北山はそう言いながらはしゃぐ

「それにしてもあの北山が六菱不動産札幌支社の営業トップなんだもんな」みんなの様子を微笑ましく見ていた中野がつぶやいた

「全く、信じられない~でも昔から話し上手だったよね。だからガールフレンドも途切れなかった。ミス札幌明館高だった子とも付き合ってたよね」麻里子が思い出すようにつぶやく。

「まぁ、ミスにはエロい話ばかり話して3日で振られたけどな」中野がオチをつける

「もう~うるさいな。俺も直江先輩にお前はお調子ものだけど誰とでも打ち解けられるし年配の人からもなんだかんだで気にいられる。営業職とか向いてそうだよなと言われたから、それで営業を選んだ」北山は急に真面目な表情になりつぶやいた

「私も会計やっていた時に、浜田は几帳面だなとほめられたことが妙に頭に残っていてね。その几帳面さを活かせるってことで銀行員になったの」浜田が髪をかき上げながら答える

「なんか直江の言葉で人生を導かれたよな俺たち....」西岡がコーヒーを飲み干すと、つぶやいた

「だよな。直江に助けられたことたくさんある。俺たちも直江を助けてあげたかったな...甘えて欲しかった...」中野は途中で涙声になりながら言った

「そうそう、直江くんはなんでも出来る人だったけど、唯一苦手なのが歌だったよね。試合の打ち上げでカラオケに行ったけど、みんながすすめても断固として歌わなかった。高校の合唱コンクールの時すごい音程の声がするなと思っていたら隣にいる直江くんからだった」浜田が懐かしむように言う

「そうだよな。あいつにも苦手なものあるんだと驚いたよ」中野が笑いながら言う

合唱コンクール近くになるとお風呂で歌ってたな~すごい音程だった。近所の人に弟さん歌はご愛敬なんだねと言われた」泰子も笑いながら言う

「直江先生が?!」あの直江からは想像もつかない行動に倫子は驚きの声をあげる

合唱コンクールで指導者に音痴と指摘されてムキになって練習したんだろうな。先輩負けず嫌いなところあったから」北山も笑いながら言う

「あはははは」一同から笑いの声があがった