空想ブログ  蒼い空の下で

主にドラマ「白い影」のサイドストーリーです

誕生日1

8月9日

 

この日は直江の誕生日だったが倫子はいつも通り、勤務をしていた

 お腹が大きくなったので、マタニティ用の制服に身を包んで働いている

 

「仕事終わったら、今日はお母様達と先生の誕生日会。早く片付けなくては」倫子はそう考えながら書類の整理をしていた

 「こんにちは」

その時、聞き覚えのあるちょっとしわがれたハスキーな声がした

 顔を上げるとかつてMRとしてこの病院に出入りしていた二関小夜子が立っていた

 ロングヘアを一本に結いあげ、白いワイシャツにジーンズというシンプルな出で立ちをしている

以前は色気を引き出すような女性らしいスーツに身を包んでいただけにその姿は新鮮だったが、そのシンプルな格好も小顔で長い手足を持つ彼女に良く似合っている

 目鼻立ちの整った美貌は以前と変わらないが以前のような険がなくなり、明るくサッパリとした雰囲気だ。屈託のない笑顔を浮かべている

 

「二関さん!?」倫子は突然の訪問に驚く

 「ちょっとここに母がお世話になっているもので、お見舞いに来たの」

 「お母様ですか?」

 「そう。二関小枝子」

 「二関さんってお母様だったんですか?!」倫子は盲腸で入院した患者を思い出した

若いころはさぞ美人だったであろう丸顔と目鼻立ちのはっきりした顔立ちのその患者は確かに小夜子に似ている。

 「そうなの。お世話になってます」

「へぇ~」

「お仕事忙しそうね。お邪魔してごめんなさいね」

「いえいえ」

「あと3カ月で産まれるみたいですね。元気な赤ちゃん産んでくださいね。あっ、これ皆さんで食べて。」小夜子はそう言って紙袋を渡す

それは話題の人気店のアイスだった

 「倫子さんにはこちら」

倫子には別の紙袋を差し出す。中には有機野菜のジュースの瓶が入っていた

 「良いんですか?ありがとうございます」倫子は満面の笑みを浮かべながら言う

 「あら~こういうところは前と変わらないわね~」そばで見ていた川端がちゃかす

 「そんな、今回は皆さんにアイスでも食べて、リフレッシュしてもらいたいなって心から思ってるんです!前みたいに営業じゃないです」小夜子が反論する

「皆さんともっとお話ししたいけど、私も用事があるので...これで失礼します」

小夜子はそう言うとエレべーターのほうへ歩き出した

 「小夜子さん変わったよね」看護師の鳥海がつぶやく

 「うん、すごい穏やかな顔つきになった」準看護師のかおるもつぶやく

 「実は営業より研究のほうが向いていたんでしょうね」関口婦長もつぶやいた

 「いや、恋してるからだよ」神崎がつぶやく

 「えっ?誰と」亜紀子が不思議そうに尋ねる

 「そりゃ...」神崎が得意げに言おうとした時

 「ちょっと~、それはまだ秘密にするって約束でしょ~」その声を聞きつけ小夜子が戻ってきた

 「うわ~お前、耳良いな」神崎はしまったという表情をする

 「あんたの声でかいのよっ」小夜子が呆れたように返す

 「お前って...まさか...」川端が驚いた表情で尋ねる

 「そのまさかです」小夜子が照れながら答える

 「俺たち、付きあってまーす」神崎が声を張り上げる

 「全く、声でかすぎ!!」小夜子が神崎の頭を軽く叩く

 「うそ~」その場にいた全員顔を見合わせる

 

小夜子は帰ってしまった後、ナースセンターでは神崎との交際の話で持ちきりだ

 「一体、何がきっかけだったんですか」かおるが尋ねる

 「実はね、ちょうど直江先生が亡くなる直前かな、彼女が落ち込んだ様子で病院の休憩室にいてね。気になって声をかけてみた」神崎は缶コーヒーを飲みながら言う

 「そしたら、直江先生の病気とは言っていなかったんだけど、自分の無力さにすごく落ち込んでいると泣き出して。小夜子さん...いやあいつといえばいつも余裕がある大人の女性ってイメージだったからびっくりしたよ」

 「それでさ、僕で良かったら話聞きますと電話番号渡したんだ。付き合うつもりなんて全くなかった、というかあんな綺麗な人と俺が付き合えるわけがないと思っていた。」

 

「直江先生亡くなった後、あいつから電話があってね。直江先生のことは言っていなかったけど、亡くなったことに憔悴しているみたいだった。それと新しく異動した研究開発部の人達と打ち解けられず悩んでいるようでさ」

 

「神崎先生は人となじむの得意だからアドバイスが欲しいと言われてね。それから電話でたびたび会話するようになった」

 

「そのうち色んなことを話してくれるようになって、あいつはあんな感じに見えて、色々抱えてきた人なんだ...」

倫子たちナースセンターの面々はすっかり聞き入っている

 

「あいつは代々医師の家系に育ってね、医師の選民意識と男尊女卑が激しい家で元看護師のお母さんと彼女は常に差別的な扱いをされていたみたい。ずっと医学部に進学するように言われ続けてきたけど、医学部は受からなくて医師になった兄弟と比較されて育ったんだって。もともと薬学に興味あったから医師にならなかったことには後悔もなかったみたいなんだけど、比較されて常に劣等感を感じていて。それで製薬会社に入って男性に負けずに出世して見返したいと躍起になって、あんなに営業に必死になっていたんだ。それと社会人になりたての頃にご両親が離婚してね、身体の弱いお母さんを彼女が養っていた」

 

「小夜子さんも苦労したのね」婦長が聞き入る

 

「あいつのお母さんがね、製薬会社に入って営業成績優秀な娘を誇りに思う反面、娘は色んな事を犠牲にして無理してるんじゃないかと不安だったみたい。当初は薬剤の開発者目指して薬学部に進学したようだったし、決して社交的ではないタイプだったから、営業は向いていないんじゃないかと思っていたみたい。今は自分に合った研究職として働く彼女を見てお母さん安心しているんだ」神崎は語る

 

「小夜子さんもひたむきに仕事頑張っていた人だよね」亜紀子もつぶやく

 

「最初はあいつのことすごい綺麗な人だなぐらいに思っていただけだけど、彼女の内面を知って行くうちに好きになってしまって...振られる覚悟で告白したら、オッケーしてくれて」神崎は照れながら言う

 

「へぇ~神崎先生も男気と包容力があるじゃん」黙って聞いていたかおるが思わず言う

 

「でも、神崎先生だからこそ、二関さんは心を開いて色々話せたんでしょうね」

倫子はそういうと直江と小夜子の噂を思い出した

 

直江先生には小夜子も魅力を感じていたのかもしれないが、こんなにすべてをむき出しにして話せるのは明るい神崎先生だっからなんだろう

 

「そうそう、来年6月に結婚するんですよ。僕たち」神崎がパッと笑顔になり言う

 

「えぇ~」一同は驚きの声を上げる

 

「先日、プロポーズしてしまった!」神崎はにやりと笑う

 

「おめでとう~」拍手が沸き起こる

 

「そうそう、結婚式で自作の歌を披露するのに今練習してんだよ」神崎はギターを弾く真似をする

 

「歌はやめたほうが...志村さんの歓迎会でカラオケ一緒に行きましたけど、噴き出しそうになりましたよ」川端が言う

 

「上手さじゃない、愛だよ愛!!」神崎は得意げに答える

 

「小夜子さんドン引きだろうな~。結婚式場で振られたりして」かおるがつぶやく

 

「みんなひどいな~」

 

ナースステーションは笑いに包まれた