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空想ブログ  蒼い空の下で

主にドラマ「白い影」のサイドストーリーです

ガラスのボート

2001年8月8日
 
一恵と泰子、そして杏奈の三人は東京に来ていた
 
空港で降りた後、タクシーに乗り込む
 

「東京は暑いわねぇ」

泰子が扇子を仰ぎながらつぶやく

「北海道も暑いけど、東京はすごいね」

隣に座る杏奈も首筋に滴る汗をふきながらつぶやいた

「お土産、溶けないようにバッグに入れなきゃ」

泰子は手元にある北海道名産品のバターサンドを気遣う

「倫子さん元気かしら...」

一恵が窓の景色を見ながら身重の倫子を気にかける

「つわりも収まったみたいで、体調は安定しているみたいよ」

泰子はバターサンドを旅行鞄にしまいこみながら言う

「あら、杏奈どうしたのそれ?」
泰子が杏奈が手に持っている小さな袋が泰子の目に留まる
「おじさんがもっていたガラスのかけら。のりこさんにわたすの」
そう言って袋から取り出す
あの日、ボートの中にコートと一緒に遺されていた茶色の薄いガラスの欠片だ。
その形はボートのようにも見える。
 
「まぁ...倫子さん喜ぶわ」泰子が穏やかに微笑みながら言う
 
三人を乗せたタクシーは川沿いのマンションに停車した
 
「ここよ。庸介が住んでいたところで、今は倫子さんとお母様が住んでいるの。」
そう言いながら泰子はタクシーから荷物を降ろす
 
「川沿が見えるところなのね...あの子らしい」
一恵は川を見つめながらつぶやく
 
三人はマンションの中に入り、エレベーターに乗り直江が以前住んでいた部屋に向かった
 
「ここだったわね」泰子は片付けに来た時の記憶を頼りに部屋の前にたどり着く
 
表札には「志村」のプレートがかかっている。
 
「この部屋倫子さんが受け継いだのね...」
 
息子の苗字が無くなりその恋人の苗字に変わったことがその証に思われ一恵は切なく思いつつも嬉しい
 
泰子はインターフォンを押した
 
「はい」中から倫子が答える
 
「庸介の姉です。」
 
「いらっしゃーい、今行きますね」倫子はそう答えると玄関に向かう
 
倫子がドアを開けると
泰子と一恵、そして杏奈が立っていた
 
「こんにちわ、お久しぶり」泰子は挨拶をする
 
「葬式以来ですわね。逢いに行けなくてごめんなさいね。お身体は大丈夫?」一恵はそう言って倫子を気遣う
 
「えぇ、大丈夫ですよ。もう安定期に入りましたし。皆さんは大丈夫でしたか?あまり無理しないでくださいね。」倫子は大きくなったお腹をさすりながら笑顔で答える
 
「こちらのことまで気を遣ってくださるなんて...すみません...」一恵は目を潤ませる
 
「いえいえ、さぁどうぞ上がってください」
倫子に促され三人は家に上がる
 
「どうぞ座ってください」倫子は三人をソファに座るよう促すと、冷蔵庫から麦茶とジュースを取り出した
 
「あなたはまだお若いのに...あの子も籍を入れずに死ぬなんて...この度は本当にごめんなさいね」
一恵は瞳に涙を浮かべながら倫子の張り出たお腹を見つめてつぶやく
 
「そんな...この子がいるから今こうやって前向きに生きようと思えるんです。先生が何かを抱えていること、ずっと一緒にいられないんじゃないかという不安があったけど、妊娠がわかった時、この子も一緒ならどんなことがあっても乗り越えていけるって思ったんです」倫子は愛おしげにお腹を撫でながら言う
 
「それに...籍は入れていないけど、夫婦と同じぐらい愛してもらったと思っています。喧嘩したり平手打ちしたり色々あったんですよ~」倫子はお茶目に笑いながら言う
 
「平手打ち...」寡黙な息子と清楚に見える倫子の想像できない姿に泰子と一恵は顔を見合わせる
 
「あっ!ちょっと彼が発作で乱れてキスをされて、まだ恋人じゃなったんで平手打ちしちゃったんですよ」倫子が誤解を解くように言う
 
「なんだ~そうなのね」泰子と一恵はクスリと笑う
 
「のりこさん、これあげる」
杏奈が会話が落ち着くのを待って切り出し、
 ポシェットに入れた小袋を取り出し、倫子に渡す
 
「これは...?」倫子が不思議そうに杏奈にたずねる
 
「おじさんがさいごまでもっていたの。のりこさんおまもりにしてね」
 
倫子が袋を開けると、そこにはかつて自分が直江にあげたガラスのボートがあった
 
「これ...」
(先生が最後まで持ち歩き、そして今、自分のところに戻ってきたガラスのボート...
 先生はボートをおそらく私の分身と見てくれていた、でも今はこのボートが直江先生の分身として私のところに帰ってきてくれた...)
 
倫子はそう感じて胸が熱くなった
 
「杏奈ちゃん、ありがとう。これは先生の分身ね」倫子は杏奈のもとにしゃがむと目を潤ませながら杏奈の頭を撫でる
 
「のりこさん、どうしたの?」倫子の顔を覗き込みながら杏奈は倫子の頬に落ちる涙を拭く
それは医局で直江が涙を拭いてくれた時のことを思い出させた
 
「いやぁ...先生はずっとそばにいると言ってくれたけど、嘘じゃなくて本当だったんだなって」
 
倫子は泣きながら微笑みを浮かべる
 
「私は幸せだな...」倫子はつぶやく
 
「庸介もあなたに思われて幸せ者よ」一恵も涙を浮かべながら言う
 
「明日は誕生日だからガラスのボートに姿を変えて戻ってきたのかしら」泰子も涙ぐんでつぶやく
 
「さて、明日は忙しいからここでお開きにしますか」泰子は言う
 
「良かったら泊っていきませんか」倫子は誘う
 
「いえいえ、ホテル頼んだんです。倫子さんも妊娠中なんだから夜はのんびり休まないと」泰子はそう言うと倫子の肩に手を置く
 
「明日、あの子の誕生日ね。ここでみんなで何か食べましょうか」泰子は目を潤ませながら明るく言う
 
「おじさんが好きだったそばがいい~」杏奈が明るく言う
 
「じゃあそばにしますか」倫子も賛成する
 
「そうしよう!」泰子も賛成する
 
「じゃあ、明日こちらでみんなで食べましょう。付け合わせも買わないとね。どこが良いかしら~」そう言うと泰子は旅行ガイドブックを広げた