空想ブログ  蒼い空の下で

主にドラマ「白い影」のサイドストーリーです

憩いの場所

「どこに行きます?伊藤さんの行きたいところ行きますよ」

車で杏奈と二人きりになった坪田はドキドキしながら杏奈にたずねる

「そうね...支笏湖に行きたいな。ちょっと時間かかるけどいい?」杏奈は車のミラーで前髪を整えながら言う

支笏湖ね。行ったことないからカーナビ使おうっと。ちょっと待ってね」坪田はそう言いながらカーナビを操作する

 

一時間ほどで車は支笏湖に着いた

「ここか支笏湖かぁ~そういえば、昔父さんが北海道旅行に行った時に寄ってきたと言っていたなぁ。伊藤さんはよくここに来るの?」坪田は湖を見渡しながら杏奈にたずねる

「うん。ここに来ると落ち着くの。大切な人が見守ってくれている感じがしてね。親と喧嘩して半日家出した時もここに来たし、医学部でやっていけるか不安になった時もここに来たりね。医学部受験と国家試験の前日も来たの。」杏奈は湖畔に積もった雪に触れながら答える

「そうなんだ。伊藤さんの心の拠り所なんだね。支笏湖に来るようになったのはいつから?」坪田も雪玉を作りながらたずねる

「最初に来たのは5歳の頃なの。支笏湖好きな叔父が連れてきてくれてね。その叔父が北海道を離れることになってね。その前に一度見ておきたいからと。」杏奈は幼いころの思い出を懐かしむように語る

「叔父さんというのはもしかして僕の父の同僚だった人?」坪田は母との会話を思い出し尋ねる

「うん。ちょうど今から15年ほど前の3月に亡くなったの。何も言わないで一人で...」杏奈はそう言いながら涙ぐむ

「そうだったんだ...」杏奈の言葉に坪田はそう答えるしかなかった

「あっ!いきなり暗い話してごめんね!そうそうこの前、深雪がさ~」杏奈はそう言って話題を変えた

 

坪田は杏奈を家まで送って行った

「今日はありがとう」杏奈は自宅の前で車から降りると運転席の坪田に礼を言う

「いえいえ、こちらこそ伊藤さんが誘いにのってくれて嬉しかった」坪田もそう言って穏やかに微笑む

「私も誘ってくれて嬉しかった」杏奈もそう言ってニコリと笑う

「お互いに仕事頑張ろうね。あの....その今度は...医学部の同窓会、吉田と企画しているんで来てください!」坪田は言いたかったことをごまかすように同窓会の話題を切り出す

「同窓会...うん、是非参加するね...じゃあ」杏奈は期待していたことを言われず少し残念に思いながらも笑顔で答える

「じゃあ...この辺で。ばいばい」坪田はそう言って車の窓を閉めると車を発進させた

 

「ただいま~」杏奈が玄関のドアを開ける

「あら~びっくりしたわよ。卒業式終わってそのまんま友達と出かけるなんてLINEが来て」泰子は飼っている猫を抱きながら言う

「ごめんね。今日は本来なら出前取ってお祝いなのに。」杏奈はそう言って一恵に詫びた

「そういえば、帰り道に深雪ちゃんと会ったわよ。てっきり深雪ちゃんとどこかに行くと思っていたからびっくりした~まさか友達って女の子ではない?」泰子はそう言ってニヤニヤする

「いやっ、その...」泰子の勘の鋭さに杏奈はたじろぐ

「はは~ん、男の子と一緒だったのね。ねっねっ、どんな人!!」泰子はそう言って聞き出そうとする

「実はね、叔父さんが長野の病院でお世話になった人の息子さん。」杏奈は髪飾りを取りながら答える

「うそ...まぁ。庸介が引きあわせてくれたのかな。もう25歳なのに彼氏がいないあんたを心配して...いいじゃない...運命的ね...今度家に連れていらっしゃい」泰子はとてもうれしそうに目を潤ませる

「いや....その...まだ家に連れてくる関係とかではなくて...」

杏奈は早とちりした泰子に事情を説明しようする

 

その時、杏奈のスマートフォンの着信音が鳴った

画面を見ると、‘志村陽介‘と表示されている。画面には悪戯っ子の笑みを浮かべた陽介の顔が映る

「もしも~し」杏奈が電話に出る

「おぅ!今日卒業式だったんだってな!卒業おめでとう!」陽介が威勢よく杏奈を祝う

「ありがとう~!あんたも受験頑張るのよ~。」杏奈はそう言って陽介にエールを送る

「ありがとな!今日も春期講習受けてきたところ。S大附属受けようかなって思っているんだ」

「S大附属って東大に50人出しているところ?!陽介、あんたそんなに成績良かったのね」杏奈が陽介の目標の高さに驚く

「へへへ、中一からずっと学年で1位なんだぞ。」陽介が自慢げに答える

「でも油断しちゃだめよ。それに高校入ってからが肝心よ。」杏奈がそう言って陽介をたしなめる

「はいはい、わかってますよ。それより杏奈さん、遂に彼氏が出来ず卒業みたいで」陽介が杏奈を茶化す

「失礼な~これでも結構モテたんだからっ、ただ好きな人からのアプローチがなかったのよ!でもね今日、その人に卒業式の後誘われて食事したんだから」杏奈はムキになって反論する

「マジか?!もしかして次のデートの約束も取り付けちゃったとか」陽介も興味津津に杏奈にたずねる

「それは...」そう言われて杏奈は口ごもる

「おやおや、今日一回きりかぁ。デート中に気の強さを発揮しちゃった?この感じだと俺の方が先に恋人出来そうだ。結婚も先越したりして」陽介が杏奈を茶化す

「うるさいわね~!!私を茶化している暇あったら勉強しなさいよっ!!S大附属難しいんだから!!」杏奈が顔を赤くして怒る

「ひゃ~、まぁまぁ早ければ良いってもんじゃないし。じゃあ仕事頑張ってな。俺は受験頑張る」陽介は杏奈をなだめるように話を締める

「そうね....というかよくよく考えたらしばらくは仕事忙しくて恋愛出来無さそうだなぁ。あっ!そういえば明後日から卒業旅行だから準備しないと。あんたも頑張るのよ!!じゃあね」杏奈がそう言って電話を終わらせる

「あぁ、お土産宜しく~じゃあな」そう言って陽介も電話を切る

 

「まったく~最近ますます生意気になって~」そう言いながらも陽介の成長ぶりに杏奈は嬉しそうだ

 

「杏奈と陽介ちゃんって私と叔父さんみたいな関係ね...」後ろでやりとりを聞いていた泰子が笑いながら言う

「陽介、写真で見る叔父さんの中学生時代にそっくり。ただ叔父さんあんなに生意気じゃないわよ。」杏奈もそう言って笑う

「うううん、庸介も私の前ではあんな感じだったわよ」泰子が棚に飾ってある中学の野球部で試合中の直江の写真を見て言う

「どんどん似てきてるんだねぇ」杏奈が涙ぐみながら笑う

「本当にそうよね。蕎麦が好きなところも」泰子もそう言って涙ぐむ

 

「そういえばあんた、今日の人とは次のデートの約束しなかったんだって」二人の会話を聞いていた泰子がたずねる

「そうなの...もうこれっきりなのかな?」杏奈がそう言って切なさそうな表情を浮かべる

「こうなったら、あんたから誘えば良いじゃない?」泰子がニヤリと笑って言う

「でも、これからかなり忙しくなるからなぁ。恋愛で仕事が手につかなくなっても困るし。落ち着いたら誘おうっと」杏奈がコットンで化粧を落としながら言う

「全く、真面目なんだから。モテるのに恋愛より仕事だったの叔父さんみたい」泰子がそう言って笑う

「叔父さんみたいな医師にならなきゃね。」杏奈はそう言って棚にある直江の卒業写真を手に取り微笑みかけた

旅立ちの時

「卒業生答辞 伊藤杏奈

「はい」

袴姿の杏奈が学長に呼ばれて壇上に上がる

その日は札幌市内にある北海大学にて卒業式が行われていた。

杏奈は卒業生代表として答辞を読んでいる

その姿を保護者席で一恵と泰子、真一が見守っていた。

 

卒業式が終わった後、杏奈は校門で同級生達と写真撮影をしていた

「はい、チーズっ!!吉田くんありがとね!!」杏奈は撮影をしてくれた男子学生にお礼を言うとにこやかに笑いかける

「いえいえ、伊藤さんのお願いならなんでもってね。おい、坪田~。伊藤さんと今日でお別れだぞ。ツーショット撮れよ~」吉田はそう言って隣にいる坪田と呼ばれた男子学生を肘でつつく

「ちょっと、やめろよ~」坪田はそう言って顔を赤くする

「二人とも、こうして見ていると入学した時と変わってないわね~坪田君は実家長野でしょう?むこうに帰るの?」杏奈は二人の様子を見て笑うと、坪田に尋ねる

こちらで働くんだ。伊藤さんは大学の病院に入るんだよね」

「そうなの、いずれは坂下先生の元で働きたいなと思っていてね。坪田君は札幌の病院?」

「そうなんだ。N病院。」

「N病院ってことは、深雪と一緒だ!!深雪、坪田くんとても頼りになると言っていたから喜ぶわ~」杏奈はそう言ってはしゃぐ

「深雪さんって、松尾さんのことだよね!彼女も面白い子だよね。楽しみだな。あっ!ちょっと用事思い出したからごめんね。お互い頑張ろうね。」坪田はそう言ってその場を離れようとする

「坪田君も頑張ってね!」杏奈もニコリと笑うと友人達の元に駆け出した

その後姿を坪田は見つめていた

「おい~、何で伊藤さんに言わなかったんだよ~ずっと好きでしたって」吉田がふてくされたように言う

「俺では告白しても無理だよ。伊藤さんモテモテだもん。あのイケメンで名高いS病院の息子が告白してもダメだったんだから」坪田が苦笑いしながら言う

「あいつは遊び人だからだよ。いつも合コンして女の子持ち帰ったとか話しているようなやつだから。伊藤さんイケメンとかお金持ちだからってことだけでは好きにならないような子だよ。それにしても伊藤さんは袴姿も綺麗だなぁ」吉田はそう言いながら友人達と談笑する杏奈の姿を見つめる

「陽一!ここにいたのね。どこへ行ったのかと思った。」

その声がした方向を振り向くと、ベージュのスーツを着た人のよさそうな顔立ちの小太りの女性が立っている。隣には背の高い温和そうな顔立ちの初老の男性が立っていた

「母さん!!先帰ってていいのに」坪田は母親にそう言い返すも、嬉しそうだ

「全く、照れ屋なんだから。あっ!あなたが吉田くんね。陽一がお世話になりました。」そう言うと坪田の母親は頭を下げる

「いえいえ、こちらこそ。坪田君がいなかったら遊びまくって留年していましたよ。陽一君の真面目さにかなり影響を受けましたから」吉田もそう言って軽く頭を下げる

こちらこそ、ありがとう。陽一も吉田君がいたからこそ、勉強が大変でも前向きに乗り越えられたんだよ。」隣にいる男性もそう言って吉田の肩に手を置く

「いえいえとんでもない。僕はただいつも坪田君の隣でバカやっていただけですよ~」吉田はそう謙遜しながらも嬉しそうだ

「おぉ~これはこれは坪田先生」後ろの方で坪田の父を呼ぶ声がする

「坂下先生!!息子がお世話になりました」そう言って坪田の父は坂下にかけより頭を下げる

「いえいえ、こちらこそひたむきに努力する息子さんの姿を見て、教えられることがたくさんありましたよ。あっ!!紹介したい子がいるんです。おーい、伊藤くん。」坂下はそう言って杏奈を呼ぶ

伊藤杏奈くん。直江先生の姪です。伊藤くん、こちらは叔父様が長野の七瀬病院でとてもお世話になった坪田先生。」坂下はそう言って杏奈を坪田に紹介する。

伊藤杏奈です。叔父が本当にお世話になりました」杏奈はそう言って頭を下げる

「さきほど答辞を読んでいた子だよね。直江に目元が似ていて美人だなぁ。叔父さん、君の写真を病院の自分の机の上に飾ってたんだよ~。僕も同じ年の息子がいるから、直江とは君の話もよくしたよ。あの時の子がもう医学部卒業する年なんだな...直江が亡くなって15年経つんだもの。直江、喜んでいるよ君が医師になってくれて」坪田の父はそう言って、空を見上げる

「叔父が亡くなって、もう15年経つのが信じられないです。あと6年したら叔父が亡くなった歳になるんですから」杏奈もそう言って空を見上げる

「それにしても息子と直江の姪である君が同じ大学で同級生とは驚いたよ」坪田の父は遠くで吉田達とふざけ合う息子の姿を見ながら言う

「坪田君、本当に誠実な人で...見習わなくてはいけないと思うことがたくさんありましたよ」杏奈ははにかむように言う

「杏奈~何してるの~」後ろの方で杏奈を呼ぶ声がする

「おぉ、お友達がお呼びみたいだね。私はこの辺で、伊藤さん良い先生になってね」そう言って坪田の父はその場を離れる

「ありがとうございます」あんなは恐縮した様子で坪田に頭を下げる

 

「ねえねえ、あんたが言っていた医学部で気になる子って黄緑の袴着ていた子?お父さんの後輩の姪御さんという」駐車場に向かう道で坪田の母が興味津津そうに坪田に尋ねる

「まぁ...」坪田は返答を濁しながらも否定しない

「やっぱり?綺麗な子だよね。その後輩の方もハンサムだったみたいだけど。感じも良い子だよね。告白しなかったの?」坪田の母ははしゃぎながら言う

「俺には無理だよ。彼女美人だし、頭も性格も良いからモテるんだよ。大病院のイケメン御曹司ですらふられたんだよ」陽一はそう言いながら頭をかく

「でも、さっき挨拶したら伊藤さんはお前に好印象そうだったぞ。おい、今ならまだ伊藤さんいるから告白だけでもしたほうが良いぞ。男なら当たってくだけろだ。母さんと俺はタクシーでホテル帰るからさ。告白成功したら車でデートでもしろ。ほれほれ」坪田はそう言って陽一を学内に戻るように背を押す

 

その頃、杏奈は友人の深雪と校門に向かって歩いている

「杏奈、写真求められてすごかったわね~さすが医学部随一の美人」深雪がそう言って杏奈を茶化す

「そんな、ボート部のマネージャやっていたから顔が広いだけ。」杏奈が戸惑うように否定する

「いやいや、日ごろ話したことが無い男どもが群がっていたじゃん。Sくんなんて一度お断りしたのに、この後食事でもどう?とか言ってきて。Sくん遊び人だけどイケメンだしS病院の御曹司じゃん。付き合ってみたら良いのに」

「Sは結婚相手と遊ぶ相手わけて考えてるよ。遊びのつもりだって」杏奈がSの女たらしぶりを思い出して呆れたように言う

「杏奈は真面目なんだから~彼氏欲しいとか言って結局勉強と部活一筋で作らなかったよね。あっ!あれ坪田君じゃない!坪田君~!何してるの?」深雪が校門の外からこちらを見ている坪田の姿を見つけ叫ぶ

「坪田君、どうしたの忘れ物?」深雪は坪田の近くまで来るとそう言って茶化した

「いえ、あの...伊藤さん..この後時間ありますか...良かったら食事しませんか...」坪田が照れくさそうに杏奈を誘う

「坪田君...いいね。卒業祝いってことで一緒に美味しいもの食べたいね」杏奈ははにかみながらもとてもうれしそうだ

「おやおや、良い感じだねぇ...私はここで失礼」深雪はそう言って二人の元から去って行った

 

10年...(2)

「すみません...志村倫子さんいらっしゃいますか?」

ある日の午後、一人の老いた女性がナースステーションをたずねてきた

「志村さーん、お客様です」新人看護師の大森に呼ばれ、奥で事務作業をしていた倫子が窓口に出た

 

「志村さん、お久しぶりです。あの時は本当にお世話になりました」その女性は倫子に深々と頭を下げた

「あの...石倉さんの...ミツさん!!お久しぶりです!!」

倫子はその女性の顔を見て驚きの声をあげた

 

「あれから10年経つんですね...早かったなぁ...病院内も少し変りましたね」

病院の中庭のベンチに腰をかけたミツはそうつぶやいた

「本当にあっという間でしたよね。石倉さんを担当させて頂いたのが10年前だなんて」倫子も隣に座りつぶやく

「そうですよね。志村さんも直江先生が亡くなられて10年も経つだなんて信じられないでしょう。先日、スーパーでばったり小橋先生のご一家とお会いして...直江先生とあなたについて近況をお聞きしたら、石倉が亡くなってから一カ月もしないで亡くなられたと聞いた時は本当に驚きましたよ。」ミツはペットボトルのお茶を飲みながらつぶやく

「もう2人がいなくなって10年になるんですものね。天国で2人でなかよくやっているかな」倫子も中庭から空を見上げてつぶやく

「でも、直江先生との間に息子さんを授かられたようで...もう小学生ですって?」ミツは笑みを浮かべながら倫子に尋ねる

「そうなんです。もうヤンチャ盛りで」倫子は苦笑いしながら返す

「でも先生の分身と過ごせるのは嬉しいでしょう」ミツも笑いながらつぶやく

「えぇ、特に亡くなってからの1年間は息子の存在があったから生きれたと思っていますから。息子がいなかったら今も立直れていないかもしれないです」倫子はそう言ってペットボトルの紅茶を飲む

「私もあの人が亡くなって1年は毎日泣いてましたよ。仕事中も涙が出てしまっていて...」ミツは当時を懐かしむようにつぶやく

「ミツさんは大変だったでしょう。石倉さんが亡くなった後、一人で頑張らなくてはいけなくて。」倫子はそう言いながら、病院の廊下を仲睦ましそうに歩く老夫婦を見て当時の石倉とミツの姿を重ね合わせた

「でもね、職場の人が支えてくれてね。気分転換に食事に誘ってくれて話を聞いてくれたりね...」ミツはそう言うと少し笑みを浮かべる

その言葉に安堵した倫子がふとミツの手に目をやると、左手の薬指に指輪がはめられていた。

「ミツさん...もしかして...」それを見た倫子が思わずミツに尋ねる

「実はね、あの後良い縁に恵まれてね...結婚したの..」ミツは照れくさそうに言う

「そうだったんですね。石倉さん喜んでますよ」倫子は涙ぐみながらミツの背中に手を置く

「あの人が見守ってくれてたんでしょうね。亡くなった後、私が働くスーパーに夫が偶然買い物をしに来たの。私達は地元の幼馴染だったのだけど、私が高校卒業して上京をして以来会っていなかった。お互いに歳を取って、当時とは容姿が変わったけど、夫はネームプレートを見て私だと気がついたみたいで、向こうから話しかけて来てくれてね...」ミツが愛おしそうに結婚指輪を撫でながら語る

「へぇ~運命の再会ですね。」倫子がそう言って笑みを浮かべる

「実は夫は石倉がやっていた、焼鳥屋に食べに来たことがあってね。私はその時、用事でいなくて、知らなかったのだけど。再会したその日もあの焼鳥屋にまた食べに行きたいなと思って行ったけど閉店していて、その帰り道で私が働いていたスーパーに寄ったみたい。普段はそこのスーパーで買い物をしない人だったのだけどね。きっと石倉が引きあわせてくれたのね」ミツはそう言って空を見上げる

「ですよね。石倉さんが旦那様にミツさんを託したんでしょうね」倫子はそう言って目を潤ませながら微笑む

倫子はミツのことを思い出して胸が苦しくなることがあった。しかし、ミツが幸せな姿を見せてくれたことに安堵の気持ちでいっぱいになった。

「ミツさんとまたお会いできて本当に良かった...」倫子の目からは大粒の涙が流れ落ちる

「私も倫子さんにお礼を言えて本当に良かった...」そういうミツの目からも大粒の涙が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

10年...(1)

2011年夏、倫子は院長室に呼び出されていた

 

「主任?!」

倫子は驚きの声を上げた

「そうです、あなたに是非やっていただきたい」院長が人事配置の資料を見ながら、そう言った

「でも、主任だなんて...」倫子は戸惑う

「あなたの人望の高さを私は買っているんです。主任は単に仕事が出来るだけじゃダメだと考えていてね。あなたには後輩の指導やフォローも出来る能力がある」

「ありがとうございます...」倫子は戸惑いつつも認められた嬉しさでいっぱいになる

 

「聞きましたよ~主任に昇格だって?よっ!主任!」神崎がナースステーションで倫子を祝福する

「まだ主任じゃないですよ~来年から」倫子はそう言って神崎をたしなめる

 

「こんにちわ~、夫がいつもお世話になってます!」

その時、ハスキーな声が後ろからして振り向くと小夜子が立っている

「二関さん..じゃなかった神崎さん!どうですか?体調の方?」倫子が小夜子の大きなお腹を見て気遣う

「順調よ!もう妊娠生活も三回目になるから慣れたっていうのもあるかな。ほら、あなた達、ちゃんと挨拶しなさい!」

小夜子はそう言って,傍らにいる二人の男児と一人の女児に挨拶を促す

「こんにちは、父がいつもお世話になってます」三人は可愛らしくそう言って頭を下げる

「廉くんと葵ちゃん、それに祐くん!大きくなったわね~」倫子がしゃがんで三人の頭を撫でる

「廉と葵は陽介くんの一学年下、祐は今年幼稚園に入ったの。双子産んで、まさか下に二人も授かるとはね...毎日子供たちに振り回されっぱなし。でも子育ては楽しいし、この子たちの笑顔を見るたびに産まれてきてくれてありがとうって気持ちになるの」小夜子は愛おしげに三人を見ながら言う

「小夜子さんが4人のお子さんのママだなんて、出逢った頃は想像もつかなかったな」倫子が10年前を懐柔しながら言う

「私も、まさか自分が4人授かっているなんて想像も出来なかった。そもそも家庭を作りたいとも思わなかったし、作れるとも思わなかった。だから結婚願望なんてなかった。」小夜子も愛おしげにお腹をさすりながら言う

「それもこれも、この俺のおかげだろ~」神崎が二人の会話に入り込む

「また、調子に乗って~そうそう、部屋の電気つけっぱなしだったわよ。それと、葵だってもう小学校2年なんだから変なビデオ見て置きっぱなしにしてるんじゃないわよ」小夜子は神崎をそう言って冷たくあしらうが、照れ隠しなのが伝わってくる

「そうそう小夜子さん、この経済雑誌に載っていましたよ、女性が飛躍する企業の優秀な研究職社員としてインタビュー受けてましたよね。こないだフロンティア製薬の人が来ていたけど、小夜子さんは初の女性執行役員就任もありえるんじゃないかとか言ってましたよ」倫子が経済雑誌を指し示しながら言う

「嫌だなぁ...私は現場にいるつもりよ」小夜子が髪を掻き上げながら照れくさそうに言う

「そうそう、だから僕は小夜子を支えるために来年から一旦家庭に入ることにしたんだよ」

「えっ?!」倫子が驚く

「子供が大きくなるまで僕は仕事する小夜子に変わって育児と家事やるために行田病院退職します。はっきり言ってしまえば主夫になるつもり」神崎が頭を掻きながら言う

「私が子育てが大変だから、退職しようか悩んでいることを相談したら、それなら僕が家庭に入るって言ってくれて...」小夜子が苦笑いしながら言う

「確かに、今だと育休産休取る男性とか主夫やる男性出てきてますもんね。昔は聞いたことなかったけど...でも神崎先生なら家事とか育児楽しんでそう!頑張ってくださいね」倫子が神崎の決断に驚きながらもエールを送る

「でも、変なビデオを見る時間も増えそうなのが不安なのよ~近くにレンタルビデオ店あるし」小夜子はそう言って神崎をじろりとにらむ

「主夫になったからには、ちゃんとわきまえるよ~」神崎がそう言って弁解した

「変なビデオ見てないか葵に確認するわよ!」小夜子がそう言って神崎の肩をたたく

「ママ~こないだパパの部屋に水着着たお姉さんの雑誌があった~」葵がにやにやしてつぶやく

「あなたっ!!」小夜子が怒って手を上げる真似をする

「ひぃ~怒るなよ~あっ、今夜はみんなで食事にでも行くか!!この近くに美味しいレストランあるんだよ」神崎はごまかすように小夜子のご機嫌を取る

「全く、あんたって人は...」小夜子は呆れる

「あははは...」それを見ていた倫子が笑った

 

夢へ 2010年

「今日はクリスマス・イブか...」

2010年12月25日と記された日めくりカレンダーを見ながら杏奈はつぶやく

「おっ!杏奈起きてたのか?今日も化粧が濃いな~薄くてもお前は綺麗なのに」起きてきた真一が杏奈のマスカラとアイラインで囲まれた目元を見て言う

「私だって、もう19歳だよ。化粧ぐらいするわよ。北川景子ちゃん風にしたんだから」杏奈がそう言いながらブラウン色に染められた髪の毛を整えながらつぶやく

「まぁ、中高の6年間は勉強ばかりだったからな。専門課程始まる3年からは忙しくなることだし。でもハメを外すんじゃないぞ」真一が新聞を読みながら言う

「わかってるわよ~あっ!今日は帰り遅いから」杏奈がミニのトレンチコートを羽織りながら言う

「遅いって...まさか、男と?!」真一が動揺したようにつぶやく

「違うわよ~大学の友達とクリスマス会!!」杏奈がピアスを着けながら言う

「そっか....」真一がホッとしたように言う

「杏奈、今日は合コンなんだもんね!」横で聞いていた泰子がニヤニヤしながら言う

「合コン?!男も来るのか?!」真一はうろたえる

「まぁ...そうだけど。ほら、ウチの大学の医学部の男子は彼女ありが多いし...他学部だと医学部と知った途端に敬遠されるのよ...そこで私たちは市内の違う大学の医学部生と合コンしようってことになって...」杏奈がそう言いながら弁解する

「おいおい、恋人はな、作るものじゃなくて自然の流れで出来るものなんだぞ!母さんとはな...」真一が泰子とのなれそめを語ろうとする

「もうその話、聞き飽きたわよ。学生のうちはキス以上はしないからご安心を」杏奈がそう言って真一をたしなめる

「キスも早いぞ!というか恋愛自体早い!」

「高校時代の友達は私と美奈子以外、みんな彼氏いるのよ~いつまでも子供扱いなんだから!卒業する時にはもう24なんだから、その年までキスしかしないって相当真面目だと思うけどっ」杏奈が呆れたように言う

「確かにそうだよな...変な男にひっかかるなよ」真一はそう言って強く念を押す

「お父さんったら、自分は19歳の私にアプローチしてきたぐらいなのにね」泰子がニヤけながら言う

「えぇ~そうなの~」杏奈もニヤけながら便乗する

「余計なことを...」真一がたじろぐ

その時電話が鳴った

「泰子、電話!」助かったとばかりに真一が泰子に出るように促す

「もしもし、伊藤です。あら?!陽介ちゃん」その電話は東京にいる陽介からだった

「3月16日にこっちに帰るのね?叔母さんもお祖母ちゃんも叔父さんも楽しみに待ってるわよ~杏奈?変わるわね。杏奈、陽介ちゃん」そう言って泰子は受話器を杏奈に渡す

「もしもし!」杏奈が電話に出る

「久しぶり!来年3月帰るからよろしく~」陽介もノリよく答える

「はいはい、それよりあんたゲームばっかりやってるんですって。ちゃんと勉強しなさいよ」杏奈が母親のように陽介に説教をする

「まぁまぁ、これでも成績は良い方なんだぞ」陽介が小生意気に答える

「中学入ったら大変なんだから~その時に備えて勉強しとき!」杏奈が陽介の小生意気な態度を制するように言う

「はいはい~そういえば大学でボーイフレンドは出来たの?」陽介がはやし立てるように言う

「まだ募集中よ!」杏奈が強く答える

「やっぱりな~その気の強い性格直さないと一生募集中だぞ!」陽介の冷やかす声が聞こえる

「うるさいな~帰ってきても何も買ってあげないわよ」杏奈もムキになる

「うわっ、ごめんごめん。杏奈様が美しいから男が寄ってこないのであります」陽介がふざけておべっかを言う

「よろしい」杏奈が得意げに答える

「こら~陽介生意気な口のきき方するんじゃないの!」受話器の向こうから倫子が叱る声が聞こえる

「ひゃ~母さん!」陽介がそう言いながら退散する

「杏奈ちゃんごめんね。陽介が生意気で」電話を変わった倫子が謝る

「いえいえ、元気そうで私も嬉しいです」杏奈も笑いながら言う

「杏奈ちゃん、大学はどう?」倫子が聞く

「まだ教養課程で医学については学んでいないけど、教養科目も楽しいし、遊んだりバイトしたり大学生ライフ満喫してます。そうそうボート部のマネージャーもやってます」杏奈が近況を報告する

「良かった~、あの人も嬉しいだろうな」倫子が言う

「でもちゃんと卒業して国家試験に受かるまではは油断できないですよね。今でも母にそれまでは叔父さんも安心できないわよと言われてます」杏奈が苦笑いしながら言う

「まだ、杏奈ちゃんの弱点はあの人なのね」倫子が笑いながら言う

「ですね。一生そうかも」杏奈が苦笑いしながら言う

 

 

鬼のように生きて

2005年4月

サングラスにシャネルのスーツと言う出で立ちの女性が男性を伴い行田病院のナースステーションを訪れていた

 

「志村倫子さんいらっしゃる?」その女性はカウンターの川端に尋ねると同時にサングラスを外す

「あっ!あなたは...」サングラスの下からあらわれた顔に川端は驚く

「お久しぶり、宇佐美繭子です。隣にいるのはマネージャーの大場。あの時はお世話になりました。」その女性はそういうとニコリと笑って頭を下げた

 

院長のはからいで繭子とそのマネージャの大場、倫子の三人は応接室に通された

「宇佐美さん、お久しぶりです。去年は国際映画祭で女優賞獲りましたよね。4年前より更に活躍をされていているようですごいなぁ」倫子はそう言って久々の再会を喜ぶ

「言ったでしょ。鬼のように生きるって。あの時、私に起きたスキャンダルを糧にしてやろうと決めたのよ」繭子は得意げに語る

「あのスキャンダルで繭子は清純派としては難しくなったけど、今考えると逆にいえば清楚なイメージを覆す役をやるチャンスにもなったんだ。」大場が紙コップのコーラーを飲みながら言う

「悪女とか以前にはやらなかった役をやることで演技の幅は格段に広がったんだ。最近、女優賞を何個も頂いたけど、スキャンダルが起きる前には演技で評価されるなんてことはなかった。悪く言えば型にはまった無難な女優だった。」大場は鞄から取り出した昼食がわりのカロリーメイトを口に含みながら語る。

「賞をいただいた作品だってミニシアター系の映画だけど、スキャンダルが起こらなければ大手の映画会社の作品にしか出なかっただろうからなかっただろな」繭子はそう言って紙コップのコーヒーを飲む

「確かに繭子さん、今では激しい役をやらせたら右に出る女優さんがいないとか言われてますものね」倫子も紙コップのお茶を飲みながら言う

 

「直江先生にこの姿見せたかったな...」繭子はそうつぶやき目を潤ませる

「本当だよ...」大場もうなずく

「怪我の経過をみる検診で行った時に、3月に亡くなられたと聞いた時はショックだったな...」繭子はあふれ出る涙をぬぐう

「でも先生、宇佐美さんの活躍を喜んでますよ。」倫子は穏やかに微笑みながらそうつぶやく

 

「あら、もうこんな時間。ごめんなさいね。仕事が入ってて。もっとお話ししたいのだけど。そぷいえば、今度アニメ映画の声優やることになったの、招待券渡すから息子さんと見に来てね」繭子はそう言うとサングラスを再びかけた

 

「ありがとうございます。陽介も好きなアニメだから喜びますよ~」倫子はそう言ってにこやかに微笑んだ

 

 

5年ぶり(2)

「直江君と私は保育園から中学まで一緒だったの。親同士が同級生で仲が良かったからよく家を行き来していたな。」ゆり子はコーヒーを飲みながら語る

 

「高校、大学は違ったから、会う機会も少なくなってね。私はカメラマン目指して東京の芸大卒業した後、修行を始めたのだけど全く芽が出なくて...28歳の時かな、カメラマンで食べていける見込みなくて諦めて北海道に帰ったの。帰って1年経ってこれから何をしようか迷っている頃に直江君に写真頼まれてね。写真を受け取った直江君が電話で写真を見て癒されているんだと言ってくれたから、やっぱり私は写真を通じて人の心を動かしたいと思ってまた写真撮り始めたの。ある時、ダメ元で出版社に写真持ち込んだら、仕事のオファーをもらえてね。それからは順調に仕事入るようになって、なんとかカメラマンで暮らしていけるぐらいになれた。」ゆり子が語る

 

「へぇ、そうだったんだ」倫子がコーヒーを飲みながら聞き入る

 

支笏湖の写真から撮り方が変わったと言われるようになったの。前は評価を狙ったような撮り方だったけど、心に訴えるような写真を撮れるようになったんじゃないかと恩師にも言われて」ゆり子は窓の外を見ながら言う

 

「へぇ...」倫子はゆり子の話に聞き入っている

 

「ところで、お二人はなにがきっかけで知り合ったんですか?」

 「私が出版社に持ち込むために上京した時に立ち寄ったバーで夫が隣の席だったの。夫もカメラ好きだから意気投合してね」ゆり子が照れながら言う

 

 

「北海大の知人から直江はゆくゆくは教授になるようなエリートだったとは聞いていたけど、彼と初めて一緒に仕事した時、その腕には驚いたな...行田病院に来る際も高徳大学医学部に誘われるだけのことはあると思ったよ」坂下が出されたコーヒーを飲みながら語る

「僕は彼がなぜその誘い断ったのか不思議に思ってね、君はこれだけの腕があるのになんで誘いを断ったの?と聞いたことがあった」坂下が当時を回想するようにつぶやく

「そしたら彼に、出世のために医師になったんじゃないんでと返されたよ。実は僕も直江と同じ理由で大学病院を辞めた人間なんだけど、親父からそのことをことあるたびに批判されて自信を無くしている時だった。でも彼のその言葉で心の迷いが無くなったよ」坂下が窓の外を見ながら穏やかな顔で語る

”坂下先生も、直江先生に救われた人なのね”倫子はその話を聞きながら心の中でつぶやいた

 

「あら~誰かいらっしゃってるの?!」玄関のドアが開く音がした後、清美の声が響く

「お母さん!直江先生がお世話になった先生がいらしてるの」倫子がそう返す

「あら~これは初めまして。私、志村倫子の母でございます。ほら、陽介、パパがお世話になった人よ。あいさつしなさい」清美はそう言って隣にいる男児の背中を軽く触れる

「こんにちは、はじめまして」男児が愛らしく答える

「ようすけって...もしかして...」坂下が確かめるように言う

「はい、彼と私の子供です」倫子が穏やかに答えた

 

「それにしても小さい時の直江君に良く似てるなあ~陽介くんと遊んでいると私も保育園の頃に戻ったみたい」ゆり子は陽介と遊びながらつぶやく

「直江の子供時代って感じだな」坂下もそんな二人の様子を見て微笑む

「北海道に来たら、息子さんと遊びに来たくださいね。」ゆり子がそう言って笑みを浮かべる

「はい、ありがとうございます」倫子もにこやかにそう返す